バッテリーの充電電圧:MUSES 03の絶対最大定格に関して
- Toshiyuki Beppu
- 2022年5月5日
- 読了時間: 5分
更新日:2022年9月7日

かの有名(?)な電子回路の教科書(別府・福井:『オペアンプからはじめる電子回路入門』、森北出版)には,こう記されています。「オペアンプに限らず他の素子でも、それ以上の電圧を加えると、あるいは電流を流すと、壊れるかもしれない限界がある。この絶対に越えてはならない値が絶対最大定格である」。さらに、こうも記されています。「絶対最大定格を一瞬でも超えないように使用することはユーザーの責任である」。それなのに・・・。
開発中のパワーアンプで使用する MUSES 03 は、電源電圧の絶対最大定格が ±19 V です。このアンプでは、それぞれ3直列の 6 V バッテリーでプラスとマイナスの電源を供給します。そのため、当初はバッテリー1個あたりの充電電圧を 6.3 V、トータルで±18.9 V 以下としていました。高めの電圧で充電したのでは、充電を止めてもバッテリー電圧は 6.3 V を超えるかもしれません。下がるのを待っていては、その間にアンプを使えません。
ところが 6.3 V では、バッテリ-に十分な充電はできません。技術資料に示されるように、開放端子電圧が 6.3 V であっても充電率は70%くらいです。6.3 V で10時間くらい充電していても、充電を止めて10分もすれば端子電圧は 0.2 V くらい下がります。ですから、充電率は50%くらいでしょう。この状態では、『バッテリー充電回路の構成』で述べたように、3~4 時間の連続使用が精一杯でした。
ところで、バッテリー駆動アンプの実験を進めながら、別のパワーアンプも試作していました。こちらは MUSES 03 を電圧増幅段に、2SA1930 / 2SC5171 をパワー段に用いています。パワー段には整流電圧をそのままに、MUSES 03 にはシャント・レギュレータを用いて ±18.5 V を供給していました。音もいい感じです。整流電圧は、無信号時に ±21 V くらいありました。

ある日、基板の電源線を外そうとして背筋が凍りました。
「逆につながってる・・・」。
焦ったのなんの。経験的に絶対最大定格を 0.2 V も超えると、オペアンプは例外なく壊れます。それなのに 2 V も超えています。それでも、前の日には動いていました。1時間くらいは鳴らしていました。音に異常も感じませんでした。
電源の接続を直し(さすがにそのままで動かす気にはなれなかった)、スイッチをONすると・・・。アンプは動きます。オシロスコープに観測される波形も正常です。ひずみも聞こえません。よかった。MUSES 03 は壊れていない。
それにしても、なぜ壊れなかったのか?
さて、MUSES 03 の絶対最大定格の ±19 V (38 V) という値はレアものです。MUSES 01 や 02 を含め、多くのオペアンプは ±18 V (36 V) 定格です。なかには 5532 や 5534 のように±22 V (44 V) 定格の IC もあります。けれども、私の知る限り 38 V は MUSES 03 だけ。
IC の内部では、pとnの半導体によってトランジスタや抵抗が作られています。これらの“素子”は、pn接合に逆電圧(pにマイナス、nにプラス。ダイオードの電流の流れない向き)を印加したときに形成される空乏層(電子やホールの存在しないエリア)によって絶縁されています。ただし、pn接合に印加される逆電圧が限界を超えると空乏層は破壊されます。この限界が、IC の最大電圧を制限します。
設計によって最大電圧は変えられますが、MUSES 03 だけが特別な構造を採用して 36 V から 38 V にアップされているとは考えにくい。もしかして、5534 のような 44 V のプロセスで作られていて、何らかの理由で 38 V に制限されているのか、とも考えましたが、それにしても中途半端な値です。メーカーに照会しても、当然ながら公式回答はもらえません。
それでも、IC に特別な性能の個体が混ざっていたとは考えられません。それなら、別の個体でも壊れないにちがいない。そう考えて MUSES 03 を差し替えて、おそるおそる、±19.1, 19.2, 19.3, ・・・, と電圧をアップしました。IC は動作しています。±21.0 V まで加えましたが壊れません。さらに他の個体も試しました。いずれも正常です。
これまでにオーバーヒートで3個壊しましたが、電圧を印加しただけでは(出力電流を流さなければ)大丈夫そうです。それならば、充電電圧を引き上げられます。バッテリーのデータシートには、フローティング充電電圧は 6.75~6.90 V と記されています。そこで 6.76 V、電源電圧で ±20.28 V を充電終了電圧としました。
バッテリーの充電を止めれば、電圧は下がります。放電させれば、さらに下がります。ちなみにアンプONの間は、バッテリーの充電を止めています。それも、ACアダプタからのラインはホットとコールドの両方を切り離します。スイッチング・レギュレータを接続したままでは、せっかくのバッテリー電源の静けさを台無しにされます。
とはいえ、満充電からアンプをONすれば、2~3時間は絶対最大定格を越えた状態が続きます。ですけど、この設定にしてから2ヶ月以上試していますが、24個のMUSES 03 は壊れていません。
なお、責任逃れのために記しますが、絶対最大定格を超えての使用はユーザーの自己責任です。トラブルが生じても、私は一切関知いたしません。大丈夫と確信していますけど。
バッテリーの最低電圧はセルあたり1.83 V を下回らないように 5.6 V に設定しました。満充電になれば、そこそこの音量でも連続12時間くらいは鳴らせます。12時間くらいで満充電になりますので、毎日でも使えるでしょう。
あと気になるのは、長期間使用でのバッテリーの劣化です。が、これは使って試すしかない。データシート上はよりヘヴィな条件で1000回の充放電、20℃のフロート充電状態で3~5年の寿命が示されていますので、それくらいの期間は問題ないでしょう。

まあ、バッテリーを総取っ替えしても@700円×38 です。3年ならひと月739円。A級アンプの電気代よりは経済的でしょう(笑)。