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オーケストラの“定位”

更新日:2023年9月26日


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 大学生になって東京に出てくるまでにオーケストラを聞いたのは、N響(?)の地方公演に中学校から連れて行ってもらった1回だけでした。高校生のときからクラシックを聞くようになりましたが、地方では滅多にコンサートもありません。東京は恐ろしいところです。音楽之友社のwebコンサートガイドを見れば判りますが、国内の過半数の(クラシック)コンサートが開かれるのは都内です。世界を見渡してもトップクラスのコンサート数です。

 大学生の後半くらいから、コンサートに通うようになりました。東京にもサントリーホール東京文化会館くらいしか“コンサート”ホールはなかった時代(紅白歌合戦が開かれるホールは“コンサート”ホールとは思っていません)です。N響(当時は歌合戦ホール専属でした)の他に、M響読響東響、新星日響、東フィル日フィル新日フィルシティフィルと合計九つのオーケストラがありましたので、二つの会場では収まりきりません。クラシック向きではない響きのホールにも、何度も行きました。

 やがて、オーチャードホール東京芸術劇場すみだトリフォニー新国立劇場東京オペラシティ、と良いホールが増えました。去年(2021年)初めて行きましたが、杉並公会堂も良い響きです。しかも、広すぎないので音量が高い。


 さて、コンサートに通うようになる以前です。私は、LPを聞きながら楽器の“定位”を聞き取ろうと、いま思えばムダなことをしていました。オーケストラの典型的な配置では、左から第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと並ぶのですが(ストコフスキー・シフトとよばれるこの配置を使わない指揮者のほうがこの頃は多いようです)、「良い装置では、スピーカから『手に取るように』定位がわかる」とオーディオ雑誌には書かれていました。生を聞いたこともないのに「そうなるはずだ」とスピーカを調整し、置き方や向きなどの配置を、いろいろと試みていました。そうやって調整しているうちに、スピーカから“定位”がわかるようになった気がしていました


 ここで、ステレオ・スピーカで作られる音源位置を考えてみます。マルチマイク録音であれば、それぞれのマイクで録音された音は、すべてが二つのスピーカから出力されています。したがって、一つの音源を、

  • 左のスピーカだけで出力すれば、左のスピーカに

  • 左のスピーカからより大きく出力すれば、センタより左に

二つのスピーカから同じ大きさで出力すれば、中央に

  • 右のスピーカからより大きく出力すれば、センタより右に

  • 右のスピーカだけで出力すれば、右のスピーカに

定位します。それぞれのスピーカからの音を聞いているのですが、二つに分けられた音を頭の中で再合成して、一つの音源(定位)と認識しています。


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左のスピーカからより大きく出力すれば、センタより左に音源は“定位”する



 ところが、生で聞く音は違います。音源から到達する音は、二つに分けられてはいません。一つの音がやってくる方向に、音源は位置しています。ですから、頭の中で二つから一つに再合成する処理も必要ありません。


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音源だけから音はやってくる



 つまり、“生の音”から認識される音源位置と“スピーカの音”から聞きとる定位とは、まったく別のものです。スピーカからの“定位”がわかるようになった気がしていたのは、スピーカから再生される二つの音を再合成する処理回路が脳にできたからであって、それは、“現実”の音源位置を認識する処理回路とは別のアルゴリズムなのです。


 演奏に没入できないときに、というよりも感動できるのは5回に1回くらいでしょうか(買ったCDも3枚に1枚は一度聞いただけで中古盤屋行き)、目をつぶって耳から聞こえる音源位置と、目に見える楽器の位置とを比べていました。これが、始めのうちは、まったく重なりません(方向は判るのですが、距離感がつかめない)。それなら、日常生活ではどうかと思って、オープンのカフェで目をつぶり、人の話し声やクルマの音からその位置を推定してみました。このときも、位置はハズレまくりでした。

 ところが、ホールでも日常でも、繰り返しているうちに音源位置は合うようになってきました。くり返しトレーニングするうちに、脳内に音源定位を認識する処理回路ができあがったからだと考えます。


 音源位置のわかりやすさは、ホールによって、同じホールでも席によって、かなり違います。2階のテラス席からでも、並んだトランペット奏者のどちらが吹いたのかを聞き分けられるところもありますが、近くからでもわからないところもあります。また、楽器によっても違います。金管でもホルンは、広がってハッキリとした定位はわかりません。これはどこのホールでも同じように感じます。打楽器はわかりやすい。これも、どこのホールでも同じです。また、音源は広がりを持ちます。とくに弦楽器セクションは、音源はスピーカのようには狭くありません。第一ヴァイオリンは、左のスピーカから聞こえるではなく、左のほうから音が広がっているのです。ところが、プロ中のプロ、とでもよぶべきレベルの高いオーケストラでは、逆に“ひとまとまりの音”として感じられるのです。


 でも、演奏に入り込んでるときは、定位なんて考えていませんね。


 2021年の最後、16回目はミューザ川崎に行きました。ここは上の階にもストレートに音が伝わってくる不思議なホールです。ただ、平土間が好きな私には4階ともなると、はるか下から聞こえる音に違和感ありあり。でも、奏者がよく見えるのは面白い。


 まあ、そんなことはどうでもよい。生の音には、スピーカの音もアンプの音もデジタル録音の音もありません。もちろん、ステレオ音源もありません。生と錯覚できるような音を再生したい、と願ってはいますが・・・。



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