ハムノイズと戦わないために その2
- Toshiyuki Beppu
- 2023年1月31日
- 読了時間: 7分

その1に続いて、ハムノイズを発生させないための戦術を論考します。
回路グランドと地面アース
電子回路におけるグランド(GND)とは、回路動作あるいは信号伝達の基準として作用する電位(0 V)と考える点です。絶対的な「グランド」なる電位があるのではなく、設計や製作において目安とする電位です。
そして、回路グランドは、安全のために大地に接続される保安用接地(アース)とは別物です。「グランド」と「アース」という言葉は、どちらも“地面”を意味しますし、「接地」のように“地面に接続する”という意味の言葉を“回路グランドに接続する”ときにも使うので混乱しますが、ここでは、回路の 0 V 点を「グランド」、地面への接続を「アース」、とよんで区別します。
『なぜ、コンセントの向きを変えると音が変わるのか』および『続』で述べたとおり、回路グランドは地面アースに対して「対地面電位」をもちます(図1)。信号グランドと地面アースはまったくの別物ですが、その間には電位差(電圧)が存在します。もちろん、信号グランドとアース電位が同じになる必要はありません。たとえば、回路グランドを建物のアースに接続すると、たいてい音は悪くなります。

図1 回路グランドと地面アースの間には“対地面電位差”がある
また、アース電位は、測る場所によって異なります。なぜなら、地面は電線に比べて大きな抵抗を持つからです。大地抵抗率として表しますが、土質や土壌に含まれる水分量、土壌の温度によって変化し、10Ω·mを下回るところから1000Ω·mを超えるところまであります。さらに、地面に接地されているアース極にも接地抵抗があります。ですから、電柱のところで(地面に)接地されている変圧器のアースと、建物のアースの間には電位差があります。このため、機器の回路グランドを建物のアース(3Pコンセントの接地線)に接続すると、機器間グランド電流が増えて音質を劣化させます。
信号グランドの原点
まず、パワーアンプで考えましょう。パワーアンプの回路は、図2のように構成されています。電圧増幅段(オペアンプで表している。現実にオペアンプが使われていることもある)とプッシュプルのエミッタフォロワ出力段です。

図2 信号GNDの原点
この回路でGNDに接続されるパーツは、入力抵抗 Rin とフィードバック抵抗の片割れ Ri の2本です。Rin は他の装置からの出力電圧を、電圧増幅段の入力電圧 Vin として受けます。一方、Ri は出力電圧 Vout を分圧して、フィードバック信号 Vin- とします。電圧増幅段は、Vin と Vin- を同じ電位にするように、いいかえれば、電位差ΔV を0にするように動作します。つまり、Vin と Vin- は同じ電位(GND)を基準としていなければ、回路は正しく動作できません。
この基準の電位(図2にグリーンのラインで示した)を、アンプにおける信号GNDの原点と考えます。
ただし、回路図では“抵抗を持たない”線として表記しますが、現実のラインや基板上のパターンは抵抗を持ちます(図3)。このため、信号GNDの原点は、その内部に電位差を持ちます。ですから、抵抗を最小とするように短距離で配線し、プリント基板では銅箔面積が最大となるようにベタGNDのプレーンとします(図4)。

図3 GNDパターンも抵抗を持つ

図4 基板ではベタGNDプレーンとして、できる限りインピーダンスを下げる
ケース内のグランド配線
ケースに組み込む際は、図5に示すように、アンプ基板の信号GNDの原点を中心として、周囲のGND(入力信号、電源、出力信号)を接続します。
シャーシGNDは、入力端子GNDから近くのポイントに接続します。金属製のシャーシで基板を囲っても、そのシャーシが電気的に信号GNDに接続されていなければ、シールドとしての効果は望めません。どこかで接続させるのですが、この回路で最も低レベルの信号、すなわち Vin に対してのシールド効果を高めるため、入力端子GNDから接続します。
と、判ったように記しましたが、入力端子GNDからシャーシGNDに接続するというのは経験則であって、上記は、その経験則に対する後付けの説明です。
出力端子のGNDにも、アンプ基板からGNDラインを配線します。入力側の Rin に、正確に他の装置からの電圧を入力するように、抵抗 Ri と Rf に出力電圧を正確にフィードバックするためです。

図5 信号GNDの原点から、周囲のGNDを配線する
次に、シャーシに2枚のアンプ基板を内蔵する場合を考えます(図6)。たとえば、パワーアンプに電子アッテネータを組み込むときです。この場合には、それぞれのアンプ基板GNDを接続します。2枚の基板の“信号GNDの原点”が等電位でなければ、アンプ1の信号はアンプ2に正しく伝えられません。
また、電源からはGNDと±Vccのラインを、放射状にそれぞれの基板へと接続します。前回の図3に示したように、GNDラインに共通インピーダンスがあれば、一方の回路のGND電流の変化が、他方のGND電位に影響を及ぼします。それぞれの基板への電源電流は、それぞれの基板から電源GNDへとリターンさせるように配線します(と言っても、電流はアンプ基板間のGNDにも流れます。ですが、その部分をできるだけ小さくするようにと考えます)。

図6 2枚のアンプ基板を内蔵させたシャーシ

前回の図3 共通グランドインピーダンスがあると、
それぞれのGND電圧 (VGND) は他の回路の IGND に影響される
GNDラインだけでなく、電源ラインも同様です。共通インピーダンスがあれば、一方の電源電流変化が、他方の電源電圧に影響します。たとえば、図7のようなディージーチェーン(数珠つなぎ)配線はNGです。オペアンプは位相補償がしっかりとされていますから、パスコンが載っていれば、ディジーチェーンであってもまず問題は生じません。ですが、位相余裕の十分でないディスクリート回路では、発振の原因となりかねません。

図7 よくない配線(daisy chain)
グランドループなんて無視しましょう
ところで、図6の配線では、図8に示すように“グランドループ”ができています。「グランドループがあると、その面積を横切る磁界によってハムノイズが誘起される」などと書かれたページを散見しますが、無視しましょう。断言しますが、ディスクリートのアンプがハムノイズを発生するときに、このループを断ち切ってもノイズは減らせないどころか、場合によっては増やします。

図8 グランドループができているが・・・
そもそも、ステレオなのですからLとRのチャネルをつなぎます。このとき、必ずグランドループはできあがります(図9)。これでハムノイズが誘起されていては、ステレオは成り立たないでしょう?

図9 ステレオアンプなのだから・・・
「グランドループがあれば、そこにノイズが誘起される」というのは真実です。ですけど、オーディオアンプくらいの信号レベルとゲインでは、そのノイズのレベルは、アンプの残留ノイズ未満でしょう。グランドループを考えるよりも、重要なことは他にあります。
付記:よくない配線法
図3に示したように、GNDラインであろうと他のラインであろうと、導体には必ず抵抗があります。だからでしょうか、「負荷電流 Iout によってGND電位が変動するから、非参考図1のようにGNDは1点に集約させるべきだ」と、読んだことがあります。

非参考図1 基板上の1点GND?
「なるほど!よし、こう配線しよう」。と思ったのですが、考えると難しい。回路図上は3本のラインと2本の抵抗の足の交点に●を書けばよいのですが、現実には、空中配線するしかありません。プリント基板では、抵抗の足と電線用ランドの間に何ミリかのパターンは必須です。ですので、悲参考図1は“机上の空論”じゃなかった、“基板上の空論”です。1点での接続にはできません。
それでも、「近ければよいかな」と考えて 2.54 mm ピッチのユニバーサル基板で試作しました。しかし、残念ながら、違いは聞こえませんでした。
つぎに、図5に関して。
「入力信号に比べれば、負荷(スピーカ)に供給する電流は1000倍以上大きい。負荷からの電流をアンプ基板に流すと、アンプ基板から電源への Ignd が変化してGND電位が変動する。であるから、非参考図2のように配線すべきだ」との説をどこかで読みました。

非参考図2 よくないGND配線
もっともな説に思われます。ところが、非参考図2の配線ではフィードバックのGND原点となるRiのGND側と負荷GNDが離ればなれです。このため、アンプ動作が不安定になった経験があります。そのときには、シャーシのGND端子と基板の出力GND(点線で示したライン)を接続したら安定しました。
なお、安定にした状態と図5の配線状態で比較試聴しましたが、差は感じられません。付け加えますと、点線部を接続したときにもGNDループが出現しています。このときもまた、ハムノイズは感じられませんでした。



